ワーママのミカタ

ワーママの見方と味方。

習い事にかけるお金。お金以上に価値のあること。

習い事については、
長くつづけられればうれしい、
でも無理してつづけなくてもいい、
というスタンスです。

いま習っている習い事は

長女
ピアノ
習字と硬筆

長男
ピアノ
習字

次男
ピアノ


アレコレ体験させるよりも
ひとつのことをながくつづけてほしいという思いはありますが、
こどもがもし、本気でやめたいといったら
潔く辞めさせようと思っています。

親にとってはせめて1年間くらいは
つづけてほしいという気持ちはあっても
こどもにとっての1年は果てしない
宇宙をさまようくらいの
期間ですからね。


長男は年長のときにスイミングを習いたいといって
習っていた時期がありますが
辞めたいというので通ってわずか2ヶ月でやめました。
入会費も払って指定の水着も買ったのに。涙


長女は4才からピアノを習いはじめ、
長女だけのつもりが、
いっしょに見学にいった当時2才の長男も
やりたい!と言い出し、
結局、いっしょに習うことになり、
上2人が習っているので次男も2才から自然と
習いはじめ、今は本格的に習っています。

習字は、長女が先に習いたいと言い出し、
送迎がネックだったのですが、
自宅近くで徒歩圏内で通える習字教室があり
夏から習わせることにしました。

長男も長女が習っているので
興味をもち、習いたいというので
先月から習いはじめました。
やっぱり上の子の影響は大きいです。

長女ひとりで行かせるよりも
長男といっしょの方が行き帰り安心なのが
兄弟で通わせられるメリット。
これから陽も短くなるので帰り道は

やはり心配。
あと、徒歩圏内なので送迎がないのがうれしい。

習字は字がうまくなってくれればいいな

くらいで、長くつづけられれば
それだけの価値はあるでしょうが、
辞めたいというまでは通わせようと思います。

反してピアノは願わくは
ぜひともながくつづけてほしい。

ピアノに強い思い入れがあって
はじめたわけではないのですが、
これは、先生との邂逅というか
縁というか僥倖というか
こどもとって、家族にとって
この上もなく素晴らしい
まちがいなく恩師とよべる先生に

出会えたわけです。

先生の言葉をお借りすれば


ピアノを教え学ぶという過程には、
「樹が何センチ伸びた」というような
「今日より明日上手になっている」手応えと
「幹が太くなり根を張り実が生る」
というような「心が豊かになっていく」という手応えとがあり、

ひとつのレッスンが何十年後かの

音楽的な人生にフラクタルに呼応していく構造をもっていることに気付かされます。
音楽がその形成に深く関わっている

私達の無意識はまるで深くて底がみえない水源のようで
その中に<音楽>をなげこむと
それが流れ行く音楽の行き先には
未来の異次元の世界があるのかもしれません。
音楽は未来に向かう<チケット>なのかもしれません。

 

先生はいつも詩人のようなメロディでお話される方です。

こどもにとって
親以外に信頼し、慕うことができる
おとながいるというのは
大事なことだと思っています。

思春期や多感な時期に

親には相談できないことも
もしかしたらピアノの先生には
相談できることもあるかもしれない。

こどもがこれから味わうであろう
さまざまな困難や挫折に直面したとき、
親の存在がかえって邪魔になるようなとき
ピアノが心の支えになり
ピアノの先生が心の拠り所となり
乗り越えられることができるのであれば
これ以上のしあわせはありません。