ワーママのミカタ

ワーママの見方と味方。

こどもとネット、親の役割。

デジタルネイティヴ世代を凌駕するであろういまのこどもたち



小学生からパソコン学習がはじまる
ということで
考えさせられました。

デジタルネイティヴ次世代の
デジタルネイティブ第2世代とか
ネオデジタルネイティブというそう)
こどもをもつ親世代にとって
こどもの学力教育と同様に
求められるものはネット教育なのだろう
とも思います。

わたしたちのこども時代には
思いもよらない想像もつかなかった
ネットという世界がいま、
こどもたちの目の前にあり、
そこでは見ず知らずの人と
簡単に知り合うツールが満載です。

現時点でさえ、
インスタにフェイスブックツイッター
あげればキリがないほどの
SNSが充実しています。
そしてこれからも進化し続けるであろう
アプリの数々。

必要以上に畏怖することはないのですが、
そこには、想像もつかない危険性も
あることは間違いのない事実です。

匿名性を盾にしたやりとりや
閉鎖性を良しとしたやりとりなど
親の関知しない世界が
こどもたちのすぐそばにあることを
親自身も認識し、

そしてそれらの世界は遮断しようと思っても、
簡単につながることのできる世界であり、

では、それらとどのように
付き合っていかなければいけないかを
親が責任をもって教育していく
時代になってきています。

ルールも大事だけど・・・



フィルタリングで制限する
使う時間や場所を制限する
などはネットのルールとして
よく聞くところです。

ハード面はコントロールできても
ネットの世界とどのように
付き合っていけばよいかとかいう
ソフト面の教育は一朝一夕には
むずかしいところがあります。

わたし自身が感じるのは、
言葉は人と人との大事な
コミュニケーションツールであることは
いうまでもないことですが、

言葉が凶器にもなり、
独り歩きもしてしまう部分

それは、アナログでは
歯止めがきくことであっても
デジタルという世界では
何倍にも何十倍にも
増幅されてしまう危険性もあるということ

そして、それらを感じる、
想像することのできる
想像力が必要であると思います。

じゃあ、それらをどのように
こどもに伝えていくのか、
学校でのパソコン教育には
限界があるでしょう。

結局は、親とこどもとの
日々のコミュニケーションであり、
日常の何気ない会話のなかで、
言葉を大事にし、
想像力をゆたかにさせていく
実体験をもってしか
こども自身も学ぶ術はないのだとも思います。

書いていても自分で
何を言わんとしているか難しい、
じゃあ、それをこどもに教育するのは
もっともっと難しいことです。