ワーママのミカタ

ワーママの見方と味方。

若さってプライスレス。

1年で飽きてしまった大学生活



とにかく一人暮らしをしたくて
県外の大学に進学しました。

受験へのモチベーションは
1人暮らしするぞ!
ただそれだけでした。

自宅をでた開放感から
大学1年生のときは
バイトにサークルに
精を出しました。

でも1年やってみて
軽いノリのサークル活動にもあき、
自分のお小遣い稼ぎのためにやっている
バイトにも意味を見いだせなくなり、
かといって勉強にも本腰をいれることもなく、
大学生活が飽きてしまったのです。

このままこの生活があと3年もつづくのか?

そこで、わたしのだした結論。



そうだ、留学しよう



アジア言語を第二外国語
専攻していたわたしは
マイナーなアジア圏を選びました。

留学先といえば英語圏が主流ななか、


なんでアジア?

みんなにそう聞かれました。

マイナーな国を選んだが故、
競争率も高くなかったのか
運良く大学の交換留学生にえらばれ、
休学することなく、
提携校の大学へと旅立っていきました。

それが大学2年生のころの話。



アジア放浪の学生時代



留学からかえったわたしは
すっかりアジアの魅力に取り憑かれ、
次々とアジアへ旅にでました。

留学生のお友達のいる台湾や北京に
ホームステイしたり、

中国の古都、西安に留学していた
友人のところに
1ヶ月くらい居候しながら
中国各地を旅したり、

タイのバンコクから
車で5時間ほどの農村の奥地、
タイ東北部の
水も電気もきていないお寺に滞在して
2週間ほどフィールドワークし、

1日1食の戒律をまもり、
朝4時からの読経にでたあと
タイの修行僧といっしょに
村へ托鉢にいったり
タイの農村の民家にホームステイしたり、

おとなり韓国には数え切れないほど
旅しました。

そんな学生生活だったので
ゼミの先生から
「糸の切れた凧」
とよばれていました。

こう書いてみると、
なかなか得難い体験を
大学時代にはたくさんしてきました。

当時、バックパッカーが流行っていて
学生は貧乏だけど、暇はあるということで
バックパックで格安飛行機に乗れる
アジアは人気があったものです。

沢木耕太郎
深夜特急にもハマり、
深夜特急を読みながら
沢木耕太郎の足取りをおうように
飛行機に乗っていたあの高揚感は
いまでも忘れられません。


とりとめもない昔話です。

やっぱり若さってプライスレス



今思うのは、
じゃあ、今、その時間とお金があって
子育てという足かせがなかったら
同じことができるか?

というと、間違いなく
できない。

あの学生時代の向こう見ずなバイタリティ、
行動力、いい意味での無知、
それがなし得る技です。

こどもにも
日本にとどまらず、
広く世界を見わたしてほしい。

でも、自分自身の経験からいえば
世界を知る前に
日本のことを知らなければ
世界にでていったときにとても恥ずかしい。

だから、いまのうちから
日本の文化、伝統、歴史に
多くをふれ、学び、

そして若いうちに
行きたいとこへ
どこへでも羽ばたけ!


と思っています。