ワーママのミカタ

ワーママの見方と味方。

鉄のオンナにはなれない。

鉄のオンナ先輩

 

鉄の女ってどんなイメージですか?

英国初の女性首相サッチャー氏に
つけられた代名詞ですが、
転じて強い信念をもつ
女性の経営者、管理職にも形容されます。

会社にもわたしが心の中で
鉄の女性とよんでいる先輩がいます。

とにかく仕事ができる。


そつなし
隙なし
極めて完璧。


そしてまわりに余計な愛想をふりまかず、
テキパキと仕事をこなすその姿勢は
上司から高い評価をえて
いまは女性管理職のホープです。
時代の後押しを受け、
女性初の管理職の役職を次々と渡り歩いています。

わたしは、その鉄の女先輩と
前の多忙な部署でごいっしょしていたので
鉄の女先輩の仕事のスキルの高さはよく知っています。

失敗は許さないというスタンスは
常に緊張感ピリピリでした。

独身時代、わたしも鉄の女先輩に
あこがれた時期がありました。

そして、わたしもデキる女を意識して
カリカリ仕事をこなし、
仕事中は話しかけないでオーラをだしている

いけ好かない女でした。

鉄の女先輩に似てるねという言葉は
わたしにとって褒め言葉でした。

 

 

船出からこれまでの旅路


思い返せば、初任地は
はるか遠くの地、宮崎県でした。


どげんかせんといかん
で一時期脚光をあびましたが、
それよりももっと前のこと。

赴任するまで宮崎なんて行ったこともなく、
もちろん知り合いもいない陸の孤島に配属され、
20代のまだまだ若かりし自分は
ずいぶん悲観しました。

でも、振り返れば宮崎は最高の初任地だった。

高千穂も都井岬日南海岸も綾町も日向夏
忘れられない思い出です。

そんな宮崎からの異動先は本部。

いわゆる栄転といわれる異動でしたが、

異動先は超多忙な部署。

同期からは羨望半分、同情半分という感じでした。

まだ20代の理想に突っ走るあの時期に
残業も休日出勤も全国出張もあたり前、
激務にたえ、
大きなプロジェクトを任されたあの頃、
精神的重圧も計り知れなかった日々ですが、
プロジェクトを成し遂げたときの
安堵感と達成感はひとまわり自分を成長させてくれたと胸を張っていえます。

じゃあ、あの頃のように
いま、同じことができるか?といえば

今はもちろんできない。


ワーママの分岐点

 

今の部署は
現場をはなれた研究職。

ありがたいことに自分のペースで仕事の
スケジュールをたてられる業務なので
急なこどもの熱などで休むときも
融通がきく部署です。

唯一のネックは長距離通勤。


でも、今のワークライフバランスを考えたら
この部署が一番働きやすいのも事実。
時短勤務もでき、比較的休みもとりやすい。

また多角的に組織をみるうえでも
いろいろな部署を経験することは
自分にとってもプラスになるはずと
前向きに考えています。

 
結婚し、こどもがうまれ、
ワークライフバランスを考えて
今の部署に異動希望をだしました。


第一線でバリバリとは程遠いです。

正直にいえば、同期や後輩たちが
第一線で活躍する姿はまぶしい。

でもこの選択に後悔はない。

今は優先すべきものが目の前にある。

ワーママの分岐点、
どっちが正解かなんてわからない。

 

知らぬ間に舵をきっていた船


結婚して第一子の産休、育休から復帰したとき
元上司から
言われたことがあります。

「なんか雰囲気がやわらかくなったね。」

自分では気づかないものですが、
どうやらわたしは
鉄の女先輩とは真逆の方向に舵を切ったらしい。

つまり、育児を通して

そつあり
隙あり
ゆるみまくり


の人間になったと思われます。
その結果、角がとれ雰囲気がやわらかくなったらしい。

鉄の女先輩の後はもう追えない。

まあ、それも悪くないかな。