ワーママのミカタ

ワーママの見方と味方。

どうしてうちは中学受験に本腰をいれないのか。

都内にすんでいれば
小学受験、中学受験が
身近なところにあります。  
 
知り合いやおなじ保育園のクラスのお友だちが
小学校をお受験したという話は
ちらほらききます。  
 
そしてわたしも何を血迷ったのか
長女のときにわりと真剣に
小学校のお受験を考えました。
 
 
もちろん、小学校受験は大多数ではなく、
少数派なのですが、そのくらい身近に
お受験があります。  
 
で、中学受験。
さらに身近なものになっています。  
 
地方にすんでいれば、
公立小学校からの公立中学という一択ですが、
都内では、私立中学もわんさかあるし、
国立大附属や都立の中高一貫という道もあり、
実にさまざまな選択肢が用意されているのも
中学受験に心にさざなみが立つ要因にも
なっています。  
 
また、共働き世帯にとっては
塾や学費など経済的には
なんとかなる(なんとかできる)ため
中学受験へのハードルは
それほど高くないのかもしれません。  
 
では、うちの場合。
 
中学受験はいまのところ、
真剣に考えていません。  
 
なぜか。  
 
理由1
本人(長女)に今のところその気がない。  
 
理由2
親が受験に熱心ではない。
オットもわたしも地方出身。
地方の公立小学校、公立中学校から
県内の進学校という共通点があります。
 
中学受験への経験がないことも相まって
親とこどもの二人三脚といわれる
中学受験に対して、
その熱量がわきあがるだけの
魅力にとりつかれていないということ。  
 
理由3
地元の公立中学校の評判がいいこと。
ならば、公立中でよいのではという気持ち。  
 
そして、 これは個人的な考えですが、
そもそも中学受験して、
希望校に合格したとしても
そこがゴールではなくスタートということ。  
 
それはいいかえれば、
こどもにとっては、
過酷な競争レースの入り口に立たされたということ。  
 
そこまでのメンタル面が長女にあるのか?
ということを考えると
学力面での過酷な競争レースという
理不尽な世界に放り込んでしまうには
まだそれ相応の覚悟は
親子ともどもできていません。   
 
世の中の99.9999%は
いずれどこかで自分の学力の限界を知ります。  
 
例えば、小学校でデキるとされていたこどもも
中学受験をしてはいってくる
優秀な集団に混じれば
平均になってしまいます。  
 
平均でいければまだいいです。
その優秀なこどもたちの熾烈な学力競争に
ついていけなかったら
劣等生になってしまいます。
 
劣等生から這い出すことは
並大抵の努力では叶いません。  
 
そして、そのさきは?  
優秀なこどもたちは優秀な大学を
目指すレールがゆく先に否応なく
ひかれていることは想像に難くありません。  
 
 
そこを目指すためにひかれたレールが
そのこどもにとって最適なレールであるならば
親は全力でサポートすることは
もちろん意義のあることです。  
 
ですが、そのレールにはすすめないと
気づいてしまった場合は?  
 
それから先、そのレールを降りる覚悟を
こどもにさせることができるでしょうか?
 
こどもにとっての最適解がみつかったとき、
親は、先生、学校、同級生、保護者の目を気にせずに
降りますと宣言できるでしょうか。  
 
難関の中高一貫校に通っていた友人曰く、
肩たたきは実際にある、
そして、脱落していく同級生たちも何人もみてきた、と。  
 
どこかで挫折を経験してしまったとき
学力以外で挽回できるなにかを
勉強という世界しかしらないこどもたちが
もちあわせていないとしたら
精神的限界はすぐそこにあります。  
 
一方で、中学受験をしてまでも
入ろうと思う中学校ならば
独自の校風、学友、文化など
学力面以外の魅力的な面もたしかにあると思います。    
 
中学受験をしなかったとしても
高校受験は避けて通れませんし、
いわんや大学受験をや。  
 
こどもにとって「受験」のための
スタートラインをどこにもっていくかが重要です。  
 
どこでその焦点をさだめるのか。
それは、その子の学力はもちろん、
性格、やる気、熱量によって最適な方法があるはずで、
まわりに流されることなく、
お受験業界におどらされることなく、
そこを見極めるのが親の役目でもあると思っています。  
 
勉強のおもしろさ、いつわかる?
 

 

wm-mikata.hatenablog.com