ワーママのミカタ

ワーママの見方と味方。ハレてもケでも子育て。

Twitterの謎。

Twitterの世界
 
Twitterゆるくやっております。
 
情報の速度と深度が独特の世界であり、
ゆるく接する分には、
世の中の人のつぶやきが
千差万別なことを知る機会になる。
 
ただ、 少しずつつTwitter界に慣れてくると、
いろいろTwitterの謎が見えてきます。
 
なんていうのか、情報の精度が危うい。
 
Twitterでは、匿名で発信されている情報が
本当に信じるに値するかどうか
文字情報だけではわからないことが多い。
 
いわゆる「釣り」的な情報が
拡散されやすくなっているような気がします。
その情報、眉唾?盛ってない?
と私なんかは思ってしまうんですが、
いいねがいいねをよび、
 
Twitter案件
 
どこそこで、こんなひどいケースをみたよ!
自分はそこでこうやって助けたよ!
みんなも注意してね!
みたなツイートが流れてくる。
 
例えば、共通点として
どこそこの駅、バス、お店などの「公共の場」で
こども、妊婦などのいわゆる「社会的弱者」が
通りすがりの「悪意ある第三者」から
被害にあいそうになった
(もしくは実際に被害にあっていた) のを
「目撃」して、
店員や駅員に告げるも
「時すでに遅し」
で結局犯人は、逃げてしまった。
 
みんなも気をつけてね! みたいな
流れが共通しています。
 
こういった情報について
かなり疑問が浮上してしまう私は
ちょっと邪推しすぎでしょうか。
 
そんなにたまたま偶然に
そんなに悪意ある現場に出くわすんだ
という驚き。
 
そして、すぐに助けるという
迅速な行動力、
そして、犯人をつかまえるべく
店員や駅員などの第三者に通報するという
常識的な正義感、
そしてTwitterで細かく情報をのせるという
情報の発信力。
 
これらすべてをかね備えている人が
あちこちにいたら、
世の中から「悪」が
本当になくなりそうで
素晴らしいことなんですが、
普通に世の中を歩いていると、
世の中の多くの人は、
駅などの公共の場では、
スマホを見ていて他者には
無関心な人が多いし、
突然、悪意ある現場に出くわしたとき、
私だったらあまりにも咄嗟のことで
呆然としてしまって
正しい判断ができなくなって
一瞬思考停止してしまう気もする。
 
そこで、我に返って、
「助ける」という行動ができたとしても、
それから、駅員に連絡したり、
警察に連絡したりするのは
かなり躊躇しそうだし
(時間的制約心理的制約など)、
その上、それらの一連の行為を
Twitter上にのせることって、
からしたら、この上もなく
ハードル高い行為です。
 
こういったTwitter界のあるあるについて
懐疑的にみている自分がいます。
 
Twitterの心得
 
Twitter界(に限らずSNS全般)の
情報に接するとき、
どういう情報が正であり、
どういう情報が危ういのかといった
情報の精度を見抜く力が必須だな
と感じる。
 
どこそこのコメンテーターが
Twitterの情報は引き算して捉えるべきと
指摘していましたが、
匿名での情報発信の場合は
特にそれを見抜く力を要されると
思うわけです。
 
ちょっと前に、あおり運転の
暴行事件がありましたが、
事件とは無関係の女性の名前と写真が
ネット上にデマとして広がりました。
 
その女性は、デマ情報や誹謗中傷の投稿を
した人たちに対して
法的責任を追及するとしています。
 
女性は「SNSで手軽に発信できる時代だが、
責任を取れるのか考えてほしい」
と訴え、弁護士は、
最初にデマ情報を公表した人だけでなく、
不適切な言葉で拡散した人や、
インターネット上の「まとめサイト」の運営者らも
責任が「極めて重い」と指摘しています。
 
この事例からみてとれることは、
悪意ある偽善者として、
情報をデマとして流した張本人のみならず、
その情報の信憑性を疑いもせず、
拡散するという行為でデマに加担した
無数の人の存在がいることです。
 
悪意のあるなしに関わらず
デマ情報を信憑性のある情報と解釈し、
「気軽にリツイートした」という行為が
罪に問われる時代になり、
情報のもつ意味、拡散させる行為について
責任をもたなければならないといえます。 
 
これからの未来、
いまあるTwitterFacebook
インスタなどのSNS
どこまで残っているかわかりませんが、
間違いなくSNSというネット媒体が
幅を利かせることは間違いない。
 
そういったなかでこどもたちには、
これからの情報の波を渡り歩くなかで、
いろいろと教えておかないと
いけないことも山程あるなと
感じるわけです。
 
どう教えていくかは模索している最中ですが、
やっぱり、10代のまだ未熟で
感化されやすい未成年の
成熟しきっていない時期に触れる
悪意ある情報は極力避けたいと思うし、
情報のもつ意味、拡散させる行為についての
責任にも教えていかないといけないと思う。

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「転職するの?」

ワーママの学び
  
私、現在、育休中。
 
過去にも何回も育休を取っていますが、
その度に育休中にスキルアップするぞと
鼻息荒く意気込んでいたものの、
結局、一歩踏み出せないまま、
日々の育児におわれ、
いつの間にか育休終了という繰り返し。
 
でも、この度、一念発起。
 
育休中にして、国家資格の取得をめざし、
通信の大学に編入しました。
1年間の履修で国家試験の
受験資格が得られるため、
メラメラとやる気が湧いて、
入学したのは、この春のこと。
 
学びの楽しさを噛み締めております。
 
なんのための学び
  
やっぱり、学費を自分の懐から
出しておりますので、
引くに引けないというか、
やってやるぞというか、
やるしかないという境地でおります。
 
いまは、単位取得のための認定テストをひたすら受け、
レポートが主。
参考文献を読んで課題に沿って
レポートを書くのは
実は好きな作業なんだという自己認識しつつ
定期的に大学に通ってスクーリングに出席する
という日々を送っています。
秋が終わるころから
試験対策へシフト予定。
 
そんななか、同じくワーママである
同期と近況報告をしていたときのこと。
 
その同期ワーママも
何回か育休を取っており、
育休のたびにキャリアップの研修を
受講したり、かなり勉強屋さんの彼女。
 
私もそんな彼女の姿勢にどこかで感化された
部分もあるのかもしれません。
 
話の流れで、彼女に
「今、資格取得目指して通信通ってるんだよね」
と話したら、かえってきた言葉が、
 
「転職するの?」
でした。
 
ちょっと意外でしたが、
やっぱり、資格取得を目指しているというと
転職活動も視野に入れていると
とられるのかもしれません。
 
正直、「転職」ありきで資格取得を
考えていたというのはまったくないのですが、
とはいえ、私が目指す国家資格があれば
転職に有利なのも確かであり。
 
資格を取ることにしたのは、
原点に立ち戻って学びなおしたい
という理由と、
幅広い知識をもって復職して、
自分のキャリアにプラスになると同時に
会社に貢献できればという気持ちでした。
 
知ることが学ぶこと
  
私が家で勉強していると、
こどもから
「勉強ってたのしい?」
という非常にシンプルな質問を
投げかけられます。 
 
その答えって、ただ単に
「たのしい」ともちがう気がして
学びの何が刺激かというと、
「自分が知らなかった知識を得て、
その知識をもとに自分の頭で考えること」
なんじゃないかなと思う。
という話をこどもにしているのですが
キョトンとした顔で聞いています。
 
勉強の面白さを知るときこそ
勉強のタイミング。
勉強の面白さ、いつわかる?
 
学びのススメ
  
ワーママ大学生の醍醐味としては、
世の大学生の初々しさや
青々しさを感じられること 
学費分を取り戻すべく貪欲になれること
学ぶ楽しさを純粋に感じられること
というところでしょうか。
 
やるからには初志貫徹
決めたからには猪突猛進。

同期女子の退職。同期のワーママ率。

同期の離職・・・悲
 
同期の女子が会社を退職しました。
入社1年目では、専門職研修のため
研修施設で3ヶ月間いっしょに
過ごすこともあってか、
同じ釜の飯を食うというと大げさですが
(実際、研修施設の食堂で
朝ごはんも夜ごはんも
食べていたのであっている)、
ヨコのつながりも濃く、
ちょっと特別な存在である同期。
 
一緒に入社した同期のなかには、
新卒組もいれば、転職組もいた同期。
 
かれこれ15年以上も前に入社した
同期は20名以上いましたが、
ひとりやめふたりやめ、
いつしか半分ちかくは去り、
今は10名ちょっと。
 
退職の理由は転職だったり、
個人的な理由だったり。
 
冒頭の同期の女子が
会社を退職する理由。
それは、介護のため。
 
介護。
そうか、介護。
介護なのか、という心境。
 
もちろん、オープンにしない
それ以外の個人的な
理由はあったのかもしれませんが、
大きな理由は親の介護なのだと思う。
いろいろ悩んでの結論だと思います。
 がんばり屋さんだった彼女。
 
そんな同期が退職してしまうのは、
やっぱり寂しいが、
もちろん、新しい道を進んで、
元気に過ごしてほしい。
 
驚異のワーママ率
 
そして、残った同期女子はというと、
わたし含め6名。
 
で、その6人なんと
みんなワーママ。
 
同期女子のワーママ率100%って。
 
同期のママ同士って
なんだか不思議な仲。
 
知り合ってかれこれ15年以上たって、
普段は部署や勤務地がちがうので
頻繁にあっているわけではないけれど、
仕事のことも分かりあえて、
子育てのことも話し合えて、
仕事と育児の両立についても
語り合えて愚痴も言いあえて、
でも友達ともちがう、
ママ友とも違う。
 

そんな彼女たちの武勇伝は数多く
ちょっと、いやだいぶ
気後れする自分がおりますが、
私も影響され感化され
切磋琢磨しながらたくましく
ワーママ道をすすもうと思う次第です。
 

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【小1の壁】急な休校、学級閉鎖は突然に。

学級閉鎖、休校は突然に
 
どんなに大雪でも嵐でも
クラスの半数以上がお休みする
感染症が流行っても
こどもをあずかってくれる保育園は
ワーママの心強いミカタですが、
一方の小学校。
 

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小学校と保育園で
大きくかわる対応のひとつに、
台風などの警報がでた場合の休校や
インフルエンザの集団感染による
学級閉鎖といった
突然の、そう、前もってわかるはずもない
突然の休校、そして学級閉鎖。
 
今回の台風の接近でも、
関東接近が月曜日の通勤通学の
時間帯を直撃する進路であったことから、
当日の朝は、
休校になるのかドキドキしながら
学校からのメール連絡を待っていました。
結果、2時限目からの登校という
連絡が朝イチではいりました。
 
そしてもうひとつ、冬の季節の天敵、
インフルエンザの蔓延で
毎年、どこかのクラスが必ず
学級閉鎖となります。
私の感覚では低学年ほど
学級閉鎖になる割合が高い。
 
こども小1のときも
クラスの10人くらいが欠席し
学級閉鎖になりました。
その間3日間。
 
ワーママにとって休校、学級閉鎖問題、
どう乗り切るかなかなかの懸念事項。
 
自分のこどもがインフルエンザで
仕事を休まないといけないのならば
まだ致し方なしと諦めもつきますが、
こどもは元気、でも学級閉鎖で学校に行けない
自分も仕事に行けないとなると
なかなかやるせない問題です。
 
ちなみに多くの自治体の学童では
学校が学級閉鎖でお休みの場合、
学童も感染予防の観点から
あずかってもらえないのが一般的なようです。
 
もちろん台風などの休校の場合もしかり。
 
学級閉鎖は少なくとも
3日間くらいはつづくと
思ったほうがいいでしょう。
 
休校、学級閉鎖どうのりきる?
 
乗り切る方法として考えられるのは
 
  • 夫婦で協力してどちらかが休みをとる?
  • 実家、義実家にたよる?
  • こどもひとりで留守番?
  • ファミサポなどのヘルプ?
  • 民間シッターなど?
 
うちの自治体の場合、
なんとなんと台風でも嵐で休校でも
インフルエンザで学級閉鎖でも
ありがたいことに
公立学童であずかってもらえます。
 
朝8時から夕方延長7時半までフルに!
これは もう学童さまに感謝感謝です。
 
感染の危険性はあれ、
でもこどもが元気であるのならば
あずかってもらえるところがあるのは
ワーママの強い味方。
 
今回の台風接近でも
仮に学校が休校になっていたとしても、
学童という受け皿があるという
安心感はワーママにとっては
手厚い保険のようなもの。
 
お住まいの学童事情やファミサポ、
シッターサービスなどについて
学校が休校、学級閉鎖のときの対応も
今一度検討しておくことが重要です!
 
日本社会へつぶやく本音
 
といいつつここから本音。
 
最大規模、最強クラスといわれる
台風がくるとわかっていながら、
その台風が通勤時間帯に直撃するということが
前日にわかっていていながら、
電車も運休することが決まっていて、
学校も休校になっているような状況で、
「仕事に行かなければならない」という
雰囲気がある日本社会の風潮を
いい加減、みんなで打破しませんか?
 
もう在宅でもいいじゃない。
開き直って1日休みでもいいじゃない。
どうしてもどうしても会社に行かないと
いけないのなら午後からでもいいじゃない、
と思うわけです。
 
今朝、9時過ぎに最寄り駅を通ったら、
駅構内に入場規制がかかっていたようで、
ロータリー付近までつづく長い長い行列。
 
そこに整然と並ぶサラリーマンの方々をみて、
日本社会、どこへいこうとしているのかな?
なんて思っちゃうのです。
 
みんな割り切って休んじゃおう精神、
大事じゃないかな。
 
っていうか、私が復帰したら、
台風が直撃した日には
開き直って休んじゃうぞ。

TVとYou Tubeの未来。

おどろきのリモコン
  
ちょっと前に、
テレビを買いかえて
二度見してしまったリモコンがこれ。
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SONYの4Kテレビに買い替えて
っくりしたのは、
その高画質な大きな画面でもなく、
良質な音源でもなく、
リモコンにYou Tubeとhuluと
NetflixAmebaボタンが
堂々と目立つ位置についていたこと。
 
地上波やデジタル放送と
インターネット動画配信サービスが
肩を並べているデザイン。
 
むしろ動画配信サービスの
アプリボタンのほうが
上座の位置に配置されている
 
このリモコンのデザインをみて
もう、最近のテレビは
既存のテレビの概念を
超えていると思いました。
 
モニターとしての機能が重視されていて、
大げさにいってしまえば
地上波やデジタル放送は、
オマケみたいな位置づけ。
 
これまでhuluやNetflix
契約していなかったのですが、
テレビを買い替えたのを機に、
1ヶ月お試し視聴をしてみたところ、
これまたもうテレビ番組を凌駕する
プログラムの充実度合いでした。
 
軸足を移したのも頷けるほどに
地上波や映画では
絶対にみられない描写を演じる
役者魂に吸い込まれてしまった。
 
Netflixやhuluを契約したら、
DVDリコーダーも不要になるし、
レンタルを借りる頻度も
ぐっと下がるはず。
 
こんな充実のプログラムが
動画配信サービスで視聴できるとなると、
スポンサーの意向を忖度した番組内容や
芸能界の闇を抱えている地上波が
廃れていく未来も
本当にくるなと感じた次第です。
 
視聴者が見たい動画を
自分で選択して視聴する
というスタイルが主流になったら、
紛れもなく、
地上波と動画配信サービスの
逆転現象はおこるでしょう。
 

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テレビが単なる“放送受信機”ではなくなる
未来もすぐそこかもしれない。
 
You Tubeは悪か
 
You Tubeが「悪」かのように
言われることもありますが、
You Tubeの動画はもちろん玉石混交。
 
だれでも簡単にアップできちゃうから
個人の興味関心に沿った
価値ある動画も良質な動画もたくさんあるし、
こども見せたくない動画ももちろんある。
 
You Tubeが悪なのではなくて、
動画内容の取捨選択や
その視聴時間のコントロール
問題なのであって、
You Tubeのなかには、
地上波からは収集できない
魅力的な内容もたくさんある
 
ごまんと存在する動画から
取捨選択できる情報リテラシー
延々と視聴し続けることがないように
時間をコントロールしていく能力があれば、
You Tubeは悪ではない、と思っています。
 
ただ、これらの能力が
こどもにはまだ未熟なため、
親のコントロールが必要というのは
確か。
 
でも、そういったYou Tubeの情報を
すべて悪だとしてシャットダウンし、
「みなくてもよい」ものとしてしまうのも
違うと思うので
親のコントロールができる範囲では、
うちでは好きな動画をみることは
OKにしています。
 
こどもたちは、You Tubeで、
スライムの作り方をしらべて、
100円SHOPでスライムの材料である
洗濯のりや粘土、髭剃りクリームなどを
買ってきて、スライムを作ったり、
You Tubeにアップされている
ガチャガチャやクレーンゲームの作り方を
参考にして工作を作ったりしていて、
YouTubeはもうツール化している。
 
親としてはみてほしくない
ゲーム関係の動画も見たりしていますが、
スマホではなくテレビモニターを通して
You Tubeを見ているので、
何を見ているのか把握できるところは
テレビモニターでYou Tubeをみる
利点でもあります。
 
You Tubeを視聴して大学を卒業する時代に
なるのかもしれないし、
You Tubeこれから
どう進化して、
どう日常に溶け込んでいくのか、
はたまた淘汰されYou Tubeにとってかわる
新しいサービスが生まれるのか
今後のYou Tubeの行方、気になります。

個性?伸びしろ十分?未来の行方。

小3男子の我道を行く
  
小3長男の夏休みの最終日。
 
漢字や自由研究は自主的にすすめて
終わったものの計算ドリルを半分近く
あたためていて
最終日だというのに宿題が終わっておらず、
はっぱをかけ続ける私。
 
な、の、に、本人、焦る気まったくなし。
 
どーするの?という問いにも、
「答え写せば大丈夫!」と
自信ありげな顔をする男子を
ただただ無言で見つめました。
 
そして、始業式の当日、早朝、5時に起きて、
ラストスパート(答え丸写し)をかける始末。
 
丸写しできない漢字とかローマ字とか、
自由研究はやっておいて、
丸写しできる計算ドリルだけ残しておくのは、
ある意味要領がいいのか、計画犯か知能犯か。
 
上の子と比べても
意味のないことだと思いながらも、
あまりの違いに
男子だからなのか?
個性なのか?
伸びしろ十分なのか?  
どうとらえていいのかわからないまま
始業式当日を無事むかえ、
元気に学校に登校する姿をみて
まあ、それだけでおおいに
安堵した楽観的な私です。
 
未来は無限の可能性
 
昆虫を追いかけ続け、
カマキリ、チョウ、セミ、カブトムシ、クワガタ、
あらゆるものをつかまえてきたかと思ったら、
工作にはまって100円SHOPの材料で
クレーンゲームやガチャガチャなどの工作に
はまったと思えば、
けん玉、百人一首
それから浮世絵に魅了され、
葛飾北斎の本を片手に
模写しつづけたかと思えば、
カードゲームにもハマる。
 
この長男のド直球な興味や探究心をみていると、
この先の進路の選択肢は、
自由に柔軟にさせてあげた方が
本人にとっても
可能性が広がるような気がしてならない
というのを最近、感じています。
 
もちろん、中学校は義務教育だから
進学しますが、その後は、
高校に進むもよし、
高専にすすむもよし、
留学するもよし、
留学するなら欧米ではなく、
アジアをすすめようと
今から目論んでいます。
今、アジアは暑い、熱い、アツい。
 
シンガポールも魅力的ですが、
東京とかわらないほどに物価が高く、
すでに醸成しているため、
私が目をつけるアジアはマレーシア、
他にインドも魅力的。
 
マレーシアの公用語はマレー語ですが、
英語も準公用語のため、
英語力はアジアではシンガポールについで
第2位の英語力ということで、
英語はもちろんマレー語も学べ、
多民族国家、多様性の文化も学べる。
 
それでいて物価は安いうえに、
クアラルンプールは大都市の仲間入りを
しているため治安面も比較的安全らしい。
 
といっても、これはすべて私の妄想。
ただ、自分の経験からいえること、
留学するうえで大事なことは、
その国の言語を習得しているよりも、
その国の文化、宗教、歴史を
理解していることだと思う。
 
長男の未来の行方をたのしむことにした。
 

 

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アラフォー世代、親の老後問題。

日本はいまや超高齢社会
  
一昔まえは、「高齢化」がキーワード。
よく聞いた言葉ですが、
いまや「化」なんて生ぬるいものじゃなくて、
「高齢社会」すでに「超高齢社会」に
突入しています。

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「高齢化」とは
老年人口(65才以上人口)比率が
7%〜14%未満を指し、
14%を超えた社会は「高齢社会」と呼び、
さらに21%を超えた社会を
「超高齢社会」と呼ばれます。
 
いま、日本の高齢化率が
いくつか知っていますか?
 
国勢調査、国立社会保障・人口問題研究所の
調査では、
2015年の65才以上の人口比率は26.6%、
つまり日本は、いま、
高齢社会でもなく
高齢社会。
 
さらに、2020年には28.9%、
わたしたちアラフォー世代が
65才に突入している 2050年には
37.7%にまで
上昇しているのです。
 
そして、世界に類をみないほどの
高齢化のスピード。
 
老年人口(65才以上人口)率が
7%→14%の2倍になるまで
どれだけの年数がかかったかという
国際比較のデータがでています。
 
それによると、高齢化のスピードが遅い順に
フランスでは114年、
スウェーデンでは82年
アメリカでは69年
ドイツでは42年
対して日本は24年。
 
わずか24年という諸外国に比べて
極端に短い期間で
高齢化が進行している
世界に類をみない超高齢社会なのです。
 
その急激な高齢化のスピードの
課題のひとつとして、高齢社会の
モデル国がないということ。
 
今までの年金はじめ介護制度は、
欧米の国をモデルに研究し、
本社会にあわせて構築していった
部分があります。
 
でも、いまや、日本が世界一の
高齢者大国。
モデルにする諸外国がないという状況で
日本みずからがモデルを
示していくことになります。
 
さらに2025問題という介護の世界では
喫緊のテーマになっているのが、
団塊の世代が2025年に75才以上になり、
大量の高齢者がうまれるとされているのが
2025問題。
 
だから、社会保障はじめ年金改革も
まったなしなのです。
 
アラフォー世代の介護
 
アラフォー世代、子育てが一段落したら
次は親の老後問題、
というのは現実のものですね。
 
老後の生活、介護に
どういういうサービスがあって
どういう給付があって
どういうサポートがあるのかというのは
自ら情報を求めに行かないといけない。
 
介護度が要支援と要介護にわかれていて、
さらに要支援は2段階、要介護は5段階、
というのは聞いたことがある人も
多いと思いますが、
 
要介護と要支援のちがいは何か、
要支援で使えるサービスは何なのか、
要介護で使える介護サービスや
介護給付は何なのかは
実に細かく複雑に多岐にわかれています。
 
さらに、介護給付の分類には、
介護給付、予防給付、市町村特別給付の
分類があって、サービスにも
指定サービスと特例サービスがあって、
居宅サービスと施設サービス、
地域密着型サービスというのもある。
 
例えば、市町村特別給付が
充実している自治体は、
低価格(20円〜40円程度)で
配食サービスを受けられるなど、
知らないと損なこともあります。 
 
介護問題もいいかえれば老活
  
情報をにぎるものがシニア問題を制する
というのは格好良すぎですが
国の制度は複雑すぎて、
なおかつ法改正が頻繁に行われるので
情報に逐一ついていくのは困難。
 
ましてや、シニアの当事者が
小難しい用語や、複雑な解説、
自治体が公表する活字だらけの
ぎっしりつまったペーパーなど
読み通せるのだろうか。
 
介護サービスは複雑であり、なおかつ
申請主義で、自ら申請しないと
介護サービスも使えない。
 
そして、介護サービスは、
保活で経験した点数化と
似ているものがある。
 
介護度が段階別に認定され、
そのうえで、利用できるサービスや
給付がちがってくる。
 
使えるサービスを漏れなく
抜けなく最大限効率的に享受するには
情報がカギになると思う。
 
それらの情報収集や申請は、
シニアになった
親自身が自らできるのだろうか?
 
老いた親が行うのは実際、
難しいのが現実でしょう。
 
やはり家族、こども、親族が
フォローしていかないといけない。
  
いま、介護の世界では
施設から在宅支援に移行という
流れが強くなっているのは、
膨れ上がる社会保障で、
お金が追いつかない、
ならば地域の力、家族の力を借りようという
国の思惑が見え隠れする。
 
実際に、平成28年国民生活基礎調査の結果をみると
介護している主な介護者は
同居が58.7%で一番多く、
次に事業者が13%となっています。
 

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よく、老後は、こどもの面倒にはならない、
施設に入るという声を聞きますが、
施設に入りたいけれど入れない
という現実があります。
 
施設がキャパオーバーだから?
いえいえ、要は「お金」です。
 
介護という先の見えない未来、
月々20万以上といわれる施設利用料を
(利用料はサービスの質に比例します。
利用料が安い施設は質の低下が懸念されます)
この先、10年、20年、30年、
払いつづける金銭的余力がある世帯の方が
少ない、ということがデータから推察されます。
 
だから、「老後は施設で」
なんて蓄えが十二分にある人以外
安易にいえないのでは。
  
社会保障制度や年金制度について
膨れ上がる社会保障
じゃあ、どうしていけばいいのかを、
自分なりに考えてみないといけない。
 
批判は簡単、
でも現実のデータをみると、
この国の抱える老後問題は本当にシビア。 
 
書き出したら長文になってしまった
今回の記事ですが、
私の頭の中にはもっともっと整理したい情報が
たくさんあります。
機会があればまたブログに書きたいと思います。