ワーママのミカタ

ワーママの見方と味方。ハレてもケでも子育て。

うわさのPTA活動。うちの学区は理想にちかい??

 
PTAの中身は学校それぞれ?
 
小学校といえば噂にきくPTA活動。
 

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うちの学校でももちろん
PTA活動がありその加入率は100%。  
 
私は、「できればやりたくない」と
心のなかでつぶやきながらも、
今年度、長女5年生にして、
初立候補し、はじめてPTAというものに
足を踏み入れることになりました。
 
長女入学時、PTAと聞いても
実際何するの?
校外? 文教? 広報? 事務局?
と聞いても
はてさて、なんのこと?
どういう仕事???
はてなマークばかりでしたが、
さすがに、在学5年目ともなると、
PTAの役員を経験してなくても、
なんとなくやる仕事というのは
イメージできるようになってきました。    
 
これまで、PTA役員にはなったことは
ない私ですが、
PTAの活動自体も参加したことは
ありませんでした。  
 
よくいう旗振り当番というのも
聞いていたのですが、
うちの学校のPTA活動は、
ボランティアの希望性だから
旗振りも希望しなければ免除されます。  
 
希望性でほとんどが決まってしまうため、
手を挙げなければ PTA活動には
参加しなくてもよいという
流れになっています。    
 
できるひとが できるときに できることをする
ということをスローガンに 
PTAの活動がなされていて、
PTAになんにも関わっていなかったものの
このPTAのスローガンは気に入っています。  
 
ボランティアが義務ではなく
希望性というところが気に入ってます。    
 
 
できるひとが できるときに できることを
 
うちの学校のPTAのよいところは
この旗振りや奉仕活動は
すべて希望性というところ
そして、ボランティアで活動に
参加した場合は、
その特典がついてくるというところ。  
 
たとえば、運動会にも
PTAからボランティアの参集があります。
 
受付業務や案内や駐輪場の整理など
ボランティアで募ります。
 
意外に人数が集まってすんなり決まるのは、
そのボランティアの特典が旨味があるから。  
 
特典とは、運動会で写真エリアに
ボランティア限定のコーナーが設けられており
ボランティアに参加した人だけが
その特別の写真エリアから写真が
撮れるというもの。  
 
その写真エリアは一般のエリアと
区別されていて
すごくよいショットがとれる
抜群の場所に設けられているのです。  
 
このエリアで写真を取りたいために
ボランティアを頑張るパパたちもちらほら。
 
でも、ボランティアの見返りとして
それってすごく理にかなっていることだな
とこのシステムを考えた事務局に
関心しています。  
 
そして、活動に必要な人手が集まらない場合、
ばっさり廃止してしまうというところも
うちのPTAのいいところ。  
 
たとえば、運動会の駐輪場の整理の人手が
なかなかあつまらないことが
数年つづいた次の年から
自転車で来校禁止ルールがもうけられました。
 
それは、駐輪場の整理のボランティアが
あつまらないから。
至極もっともな話です。  
 
そもそも、こどもたちは毎日、登下校で
歩いている距離、自転車などなくても
歩ける範囲です。  
 
こういう方法も実に賢い方法だと思います。  
 
PTAに関するボランティアは
ちらほら参集がかかりますが
ちょうどよい塩梅で手を挙げる人がいます。

もし決まらなければ、先ほどの
運動会の自転車来校禁止のように、
縮小や廃止の方向に流れていきます。    
 
今年度、PTAの役員になり、
先日、早速、委員会に参加してきたのですが、
会長を2年連続つとめてくれている
同級生のパパの話がこれまたよかった。  
 
前の会長さんも、どんどん事務を
簡素化していき、
なるべくペーパーレスを
推進してきてくれていたのだけれど、
委員会の会議も年々、回数を減らしており、
メール会議(メールだけの連絡事項)も
増えてきて、
みんなそれぞれ、子育てや介護など事情を
かかえているので
強制的なことはいっさいやらない
と宣言してくれました。  
 
クラス役員の負担が大きければ、
1年に1回あるPTA主催の学年行事や
クラスの茶話会などの集まりも
廃止していいというお達しがきました。
 
もし、それでこれまでの経験者から
クレームがくれば 会長自ら矢面にたって
説明をします、
と言ってくれる心強い素晴らしい
会長さんでした。  
 
ということで、先日、学年の代表があつまって
協議した結果、
今年度の学年行事はやらないという方向で
検討しています。
 
ひとつ大きな仕事が減ってよかったよかった。
 
時代にあわせてスリム可できるところは
スリム可し、PTAの活動が負担にならず、
やっぱりあってよかったPTA
といえる活動が理想形なのかもしれまん。 

憂鬱な小学校PTA役員ぎめ。低学年でやったほうが良い理由のひとつ。

 
4月、役員決めの緊張
 
この時期、小学校では
保護者会のラッシュですね。  

進級したはじめての学期の保護者会では、
保護者の出席率がいちばん高いです。  
 
保護者もこどもの担任に興味津津、
クラスの保護者に興味津々、
といったところでしょうか。  
 
そして、保護者会の難関が
PTAの役員ぎめ。  
 
保護者会の終盤にPTAの役員選出があります。  
 
この役員決めで流れる
微妙な空気感や沈黙が、
何度経験しても慣れないものです。 
 
こどもが通う小学校では、
クラスの中から学級の代表と
(クラス役員や総代、学代などとよばれたり)
広報委員、文教委員、校外委員などを
選出する必要があります。  
 
できればみんな、心のなかで
「やりたくない、できればやりたくない」
とつぶやいているはず。
 
特にワーママならなおさら
平日に開催される役員会議の日程と
仕事の調整を考えれば憂鬱になります。  
 
でも、PTAルールで
こどもが在学中に1度は何らかの委員をやる
というのがだいたいどこの学校でも
前提となっております。  
 
なので、 みな積極的ではないけれど、
どうせやらないといけないなら
はやくにやってしまおうということで、
低学年のうちに手をあげる保護者が多いです。  
 
実際、長女小1〜小4までの
役員決めはとてもスムーズに決まりました。
 
低学年、中学年のうちに
役員を経験しておこうと
考える保護者の立候補がおおくて
じゃんけんで決めたほどに。
 
そうすると、学年があがる
高学年になるにつれて
役員経験者が増え、
役員未経験が減ってきます。  
 
こどもの小学校では、
クラスから4人の委員を選出する必要があり、
小4が終わる時点では、
4人✕4学年分の16人が
PTAの役員経験者となります。
 
そして、他にも本部で事務局の役員に
なった人も何人かいて
役員経験済みとカウントされるので、
クラス(30名)の20名近くは
高学年の時点で役員経験者という状況。
言い換えれば、役員未経験は10名くらい。
 
この状況を分析すると、
どこかでやらないといけないから
という理由で、
低学年のうちに手をあげて立候補してくれる
保護者はかなり協力的な保護者。
 
できればやりたくないと
高学年までずるずる引き伸ばしながら、
高学年までPTAを立候補しない保護者は、
かなり、かなーり消極的な保護者。 
 
できることなら、
役員をやらずに卒業したいと考える
逃げ得な保護者たち。
 
そう、わたしもその一人ですが、なにか。   
 
ですが、今回、私はクラスの役員に
立候補しました。
 
クラスの役員決めで
だれも手をあげない沈黙に耐えきれず、
私がおずおずと立候補した次第です。
 
高学年のPTA役員は負担?
 
最終学年は、卒対などの負担も
多いと聞いているので、
どこかでやらないといけないなら、
このタイミングでもいいかなと
思っての立候補でした。
 
今回、高学年クラスで
立候補してみて思った率直な感想。
 
高学年になればなるほど、
役員に決まった人の温度低いな、ということ。
 
長女のクラスでは
最終的にはどの役員も
立候補で決まったのですが、
おとなりのクラスは立候補がでずに、
最終的には、くじびきで決めたという結果に。
 
悲惨なのは、くじ引きは
未経験者全員参加だからと、
転校して間もない保護者も対象になり、
なんとお隣のクラスでは、
その引越して間もない転校生の保護者が
クラス役員のくじを引くという
なんとも不憫な結末に。
 
くじ引きで強制的に決まったものだから、
役員へのエネルギーが低空飛行、
温度が低い低い。
 
なんなら「なんでわたしが??」
と顔に書いてあるほどの
不服さを露わにしてる人も。
 
だから、やっぱり、
やるなら立候補で決まる
低学年or中学年というのは
ある意味正論。
 
なぜならば、いっしょに組む保護者の人が、
立候補で決まった方が、
役員の仕事に協力的なので、
やりやすい!ということ。
 
くじ引きで決まった保護者の、
悲惨な世紀末のような悲壮感は
半端ないですよ。
 
そんな方と組むのは正直、
こちらまで暗澹たる気持ちになりそう。
 
せっかくやるなら、
協力的に一緒に組める保護者の方が
気分もまったくちがうはず。
 
な・の・で、低学年や中学年で
役員をやったほうがいいという
先輩ママたちの教え、アドバイスは確かです。
 
最終学年の小6の委員決めで
くじ引きで卒対の委員なんかに
決まってしまったら
それこそ、断末魔の叫びです。
 
嫌々強制的に卒対やらされるなんて、
保護者にとっても不幸、
こどもにとっても不幸。
 
今回、立候補してみて、
最初はどんより憂鬱だったのですが、
高学年ともなると知り合いのママや
役員経験者のママもまわりにたくさんいて、
なにかあったら手伝うよ、と
声かけてくれるママがたくさんいてくれて
それはとってもありがたく、
前向きにがんばろーと思うのでした。

 

平成の武士にならないために。

 
平成時代のおわりに
 
なんていうシュールなタイトルなんだと
自分で自分のセンスに納得の
タイトルなんですが、
昭和生まれな私、
アラフォー、
SNSとはこれまでちょっと、
いやだいぶ距離をとっておりました。
 
フェイスブックはしていない
ツイッターもしていない
インスタもしていない
唯一のSNSはこのブログという状態を
長らくつづけておりました。
 
インスタもやっていなかった理由は、
「やりたい衝動にかられないから」です。  
 
ですが、時代も平成から令和に変わる
というこの時代に、
何も経験せずして、
SNSは若者文化」なんていっているような
平成の武士にならないために、
この度、遅ればせながら、
ツイッター世界とインスタ世界に
分け入ってみたのです。  
 
経験して、良さがわかればつづけるも良し、
あわなければやめるもよし、
単に眺めているだけではなく、
発信してみようじゃないかと
思い立ったわけです。  
 
そして、感じたことを気ままにつらつらと。  
 

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ツイッター特有の雰囲気
 
まず、ツイッターの世界、
一言で言うと、
世界の回転がはやい、はやい、はやすぎるー。  
 
ツイッター初心者ゆえ、
誰をフォローしていいかわからない
という理由もあって
フォローしている人も20人にも
満たなかったのですが、
リアルタイムにどんどんどんどん
更新されていくつぶやき。  
 
そのつぶやきがリツイートをよんで、
だれの発言なのか理解する前に
文字情報だけがすすんでいく感じ。
この情報を解釈するのに
頭がついていかないんです。  
 
いろんな人をフォローしてみたいと
思っていたものの
フォローする人が増えれば増えるほど、
加速度的に文字情報も溢れ出てくるため、
どこかで洪水がおこるんじゃないか
と思うくらい。  
 
フォロー数三桁とか四桁とか
フォローしている人って
どうやってその情報を消化しているの?
どーなっちゃってるの?
フォローしてるけれどミュートしたり
してるのかな?
それとも、スルー? 
それとも速読?
 
じゃないと、あんな随時逐一
更新される情報においつけないよな
と正直、初心者にはその速度がはやすぎて
そんなツイッターの情報過多の世界に
酔ってしまった今日このごろ。  
 
そして、この世界でも感じました。
 
同調圧力、言い換えれば「いいね圧力」
とでもいうんでしょうか。
 
「いいね」が増殖していく感じが、
これまたツイッター特有だなと感じました。
 
建設的な社会批判はもちろん「いいね」が
たくさんつくのですが、
特に「いいね」がつきやすい傾向として
夫批判、子育てに対する愚痴への
「いいね」の付き方が
このツイッター世界の特徴に思えます。  
 
ツイッターをはじめて3日目くらいに
まだフォロワーも2人とか
(それも副業系みたいな)のとき、
ブログでいつか書こうと思っていた
内容ですが、
子育ての闇をツイッター
ちょっとつぶやいてみたんです。
 
そしたら、すぐにリツイートが3件、
「いいね」も6件ついて、
つぶやいたこっちがびっくりするくらい
反応されて、
そのときにこのノリ(というか反応)って
ツイッター特有の世界だなと感じました。  
 
 
ツイッターでは、「いいね」で
応援をあらわす意思表示なんでしょうが、
その「いいね」をもらうために
それ本当に本音なの?
ちょっと色つけてない?
という具合の過激な発言を多々見かけます。
 
そんなツイッター世界の情報にふれていると、
世の中に、夫や子育てに対する不満を
もっている人ってこんなにおおいの???
とちょっと肝を抜かれてしまいました。
 
ストレス発散の場、という捉え方なら
さもありなんなつぶやきですが、
「いいね圧力」のために、
本当の本音が見えにくくなっている
ようにも思えます。      
 
結局は、有名人、著名人をのぞいて
一般人は匿名でやってる人も多いから、
その言葉を真に受けるときには、
自分のフィルターを
しっかりかけておかないと、
流れに逆流できなくなるなと思いました。  
 
ツイッター特有のつながりとして、
おすすめユーザーが自動的に
反映されていくので
自分の考えに似た人たちと
つながりやすくなる、というか
そのつながりがどんどん強固になり、
強固になりすぎた地盤が
反する意見をシャットダウンするのに
十分なエネルギーをもっているなと感じます。  
 
自分と似た考えの方から感じられる
シンパシーや影響はもちろん大事ですし、
それがツイッターのメリット、
良いところであるとも思うのですが、
世の中には十人十色、
ひとりひとりの色がみんなちがうのに、
ツイッターではその色が
見えにくくなっています。
 
極端にいうと、「白」い世界にいるか
「黒」い世界にいるかみたいな。
 
わずか数週間のツイッター歴で、
わかった風なことはいえませんが、
平成の武士の純粋な感想でした。
 
ということで、ツイッターの世界には
仮住まいで終わりそうな気配。

ツイッターの住人にはなれそうもなく
ブログ界隈にもどってきそうです。 

ゲームなし育児の子のゲームへの食いつきっぷり。

 
小学生のゲームあそび
 
こどもたちが放課後、
こどもどうしであそぶのは
おおいに結構なのだけれど、
おうちあそびがどうも曲者に
思えてきてしまっています。
 
 
その理由の大きなひとつが、
ゲームをやりがたる子がいることです。
 
得てしてこどもはみんなゲーム大好き。  
 
うちもゲームの悪影響を心配し、
ゲームはできることならば先延ばし、
できることならば買い与えたくないと
頑張ってきたものの、
クリスマスにニンテンドースイッチ
リクエストされ、困った親サンタは
悩みに悩んでゲームラボをプレゼントする
(ハードがないため工作でしか遊べない)という
こどもとって生殺しのようなことを
してしまった親サンタ。  
 
ゲーム大好きな夫は、
それじゃあなんでも可哀想だろう、
ということでお正月、ニンテンドースイッチ
買ってあげたところです。
ゲームを買って4ヶ月ほど。
 
今のところ、ルールを決めて遊んでいます。
  • 時間を決める
  • 平日は基本的にはしない
  • 週末、家族(夫は大好き)で楽しむ。  
時間の目安は1時間としていますが、
流れで1時間半くらいはやることもあります。  
 
平日は、基本的にはやらないのですが、
おともだちがおうちに遊びにきたときに
「やりたい」と騒ぐので
ついつい甘やかして
やってもいいよと言ってしまいます。  
 
ゲームって毒だなっと思うのは
ゲームに群れる男子たち。
 
なんでああも熱中するのか、
あんなに刺激的な光と音と画に
こどもが引き込まれるのも無理はないか
と思うのですが、
ふだん、ゲームをしていない子、
つまり、うちにゲームがない子の
ゲームの食いつきっぷりが凄まじいのです。  
 
ゲームに飢えている?
 
小学校3年生長男クラスでは、
まわりではゲームをもっている子もちらほらいます。
もちろん、もっていない子もちらほら。  
 
長男がお友達のおうちに遊びにいくと、
ゲームがあるおうちでは、
ゲームしようってなるようです。  
 
そして、先日、長男のお友だちA男君があそびにきました。
 
「ゲームをやりたい」
というので、
時間を決めて(1時間)やることにしました。  
 
おうちにゲームがないA男君。
ふだん、ゲームをやっていないA男君ですが、
おともだちのおうちで
ゲームをたくさんしている様子、
なんの迷いもなくためらいもなく、
操作しながら楽しんでいました。  
 
30分すぎ、1時間すぎ、まだまだゲームに熱中しています。  
 
もう時間だよ、と声をかけるも、
「まだまだあそびたい!」とゲームを辞める気配もなし。  
 
長男は、うちのルールを知っているので
「そろそろやめよう」と声をかけるのですが
A男君には右から左へ。  
 
他所様の子、注意して無理やりやめさせることもできず、ずるずると。  
 
そうこうしているうちに、長女が帰宅し、
長女のおともだちA子ちゃんがあそびにきました。
 
A子ちゃんのおうちもゲームがあります。
じゃあ、4人でやろうってことになって
引き続き、ゲームをつづけました。
 
最初、4人で楽しくやっていたものの
30分ほどすると、
もともとゲームがそれほど好きではない
長女は飽きはじめ、
おうちにゲームがあるA子ちゃんも、
もうやめたとなり、4人もいるから
「みんなで人生ゲームをやろう」ということになりました。  
 
な・の・に、A男君だけは、  
「いやだ、まだゲームやる! 」
「人生ゲームなんてやりたくない 」
「ひとりでゲームやってる!」
といってゲームを離さないのです。
 
いやいや、もう2時間ちかくも
ゲームしてるのに、 まだやるの??
と、こちらもさすがにやめるように促しました。  
 
ふだん、ゲームをやっていない子が
ゲームを手にすると
その食いつきっぷりがすさまじいということを
まざまざと見せつけられました。  
 
ゲームをよしとするか否とするかは
各家庭の判断ですが、
ゲームを買い与えなくとも、
おともだちのうちにはある可能性は高い。
 
そのときに、ゲームへの付き合い方を
学ばせておかないと
親の目の届かないところでは、
もうコントロール不可だな、
と思った次第です。  
 
 
大事なのはゲームとのつきあい方
 
私はゲームに否定的ながらも、
結局は、ゲームを買い与えていますが、
時間を決めてやる、 週末に家族で楽しむ、ゲームをやる前には宿題、ワークを終わらせるなどゲームへのルールを決めています。  
 
自分で「何時まで」やるのか
というのを先に決めさせて
自分で、時間をみながらゲームをやめる
ということができるように促しています。
 
もちろん、もう1回、あと5分・・・とつづきます。
その「あと1回」「あと5分」で終わるのか、終わらせるのかを自分自身でコントロールできるようになっていくのがセルフコントロールの第一歩かな、と。  
 
ゲームは決して悪ではないけれど
最良か?と問われれば最良ともいえない。
 
でも、この時代、小学生こどもにとって
ゲームをまったくさせない、というのは
もう不可能なんじゃないかなと思います。
 
私もできることなら
ゲームを与えたくなかったと
思っていましたが、
いま、ゲームをもっていないおうちの子の
ゲームに飢えているとも思われる
食いつきっぷりを見てしまうと、
ゲームを買い与えていないから
バンザイということでもないのかも、
と思わざるを得ません。
 
だって、自分はもっていなくても
友だちはもっている時代だから。
 
ゲームをもってない子が
おともだちのおうちでゲームするときまで
その子の親はコントロールできないんじゃないかなと思うのです。
 
だとしたら、大事なのは、ゲームとの付き合い方、
ゲームを自分でコントロールできるようにしていくことの方を促していく方が得策だと思うようになりました。
 
ゲームがない学童はある意味、安全地帯。
 
でも卒所してしまう4年生以降、
ゲームとの付き合い方は避けて通れない道。
親も子もゲームへの付き合い方を模索しなければなりません。  

小学生のおうちあそびの本音。

 
小学生のおうちあそび
 
保育園時代は、
必ずママ+であそんでいたお友だち関係が
小学生にはいると、
ママの目をはなれ、手をはなれ
おともだちどうしで遊ぶ約束をしてきます。  
 

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親が介入する約束や
親同伴の遊びがほとんどなくなり、
こどもどうしで約束して
「おともだちとあそぶ」ことが
すこしずつ増えていきます。
 
学童にはいっている場合は、
下校後、すぐに学童なので
おともだちとあそぶのは
学童で完結するのですが、
学童に行かない場合、
下校後にお友達とあそぶことがあります。
 
現在、育休中のわが家、
小学生のこどもたちは
学童に行っていないので、
下校後は、おともだちとあそぶことが多いです。  
 
おともだちとあそぶこと自体は
大いに結構なことなのですが、
最近、おうちあそびが曲者に
思えてきております。
 
 
おうちあそび、親の本音
 
親の本音をいわせてもらえれば、
こどもは公園など外で
元気にたくさんあそんでほしい
というのが本音。
 
おうちあそび、ぶっちゃけ言ってしまいましょう。
親はめんどくさい。  
 
ですが、こどもたちのなかには
おともだちの家で遊びたがる子もいます。    
 
たま〜に、ならもちろんいいんです。
私のこの場合のたま〜にの頻度は、
1ヶ月に1度くらいの感覚。  
 
これが週1とかだったら、
間違いなく
「ダメ」「メンドウクサイ」
信号がでてしまいます。  
 
いま、育休中の身、
赤ちゃんの面倒をみながら、
お菓子だしたりジュースだしたり、
もてなさないといけないのが
地味に面倒なのもありますが、
一番の理由は、
おともだちがいる間は、
買い物などの外出もできないので
行動が制限されてしまうこと。
 
夕方には、買い物や保育園の送迎、
ごはん作りなど
いそがしい時間帯にもなるので、
「おもてなし」が負担になってしまう。
 
が、そこはお互い様精神があるので、
おともだちの家に遊びにお邪魔したら、
次回はこちらも招くというのがマナーなので、
なるべくお互いの行き来が半々になるように
おうちであそぶように促しています。  
 
学童卒所後はどうする?
 
学童に通所しているうちは、
学童のなかで完結するあそびが、
学童を卒所した4年生以降、
あそべる家が偏ってくるんです。
 
その理由が、
親が仕事していていないからうちでは遊べない
という家が多く、
あそべる家が限られてくるのです。
 
はたまた
「うちはちらかっているから親が遊んじゃダメという」
とか
「うちは狭いから遊べない」
といった理由で、
おともだちあそびを禁止している家もあります。
そして、たまり場になるおうちが
固定されていくのです。
 
これがいただけない。
たまり場になるおうちの方は、
快く思っていると思いきや、
絶対に「メンドクサイ」と
思っているにちがいありません。
 
私だったらそう思ってしまうし、
私がいまそう思うから。
 
だから、こどもは元気に
公園で遊べばいいと思ってしまうのです。
 
もし、公園でなければ、
児童館や図書館など公共施設であそんでほしい。
 
特定のこどものおうちがあそび場、
たまり場になるのは、どうも感心しません。
 
でも、こどもたちって、おうちあそびが好き。
 
なぜって?
 
それはゲームができるから。  
 
ゲームについては、
さらに思うところがあるので、
別記事で書きたいと思います。
 
 
メリットもあるけど・・・
 
おうちあそびもメリットはあります。
 
それは、こどもの人間関係が垣間見えること、
お友達のキャラクターを知ることができること。
 
名前と顔が一致しますし、
会話からその子の人柄やキャラクターがわかります。
それはそれでこどもの人間関係を知るにはいい機会にもなります。
 
最近のこどもたち、
やたらとイベントにのっかりたがることが増えており、
誕生日会やれハロウィンパーティーだの
クリスマスだとおうちにあそびしたがるんですね。
 
この前、長女がうちでハロウィンパーティを
やりたいといってきて、
「なんでうちで?」と聞いたら、
場所がなかなか決まらなかったらしい。
 
理由は、おともだちのおうちはどこも
「親がうちではダメという」から。
 
そうだよね、大人数で集まるから
うちもできれば会場にされたくないっていうのが本心。
 
でも、結局わが家が
ハロウィンパーティーの会場になったのですが、
大人数になったのもあって、
なんと、突然はじめたのが 「かくれんぼ」  
やめてくれーと正直思いました。    
 
そこで、「やめてね」って言っちゃえば
それで終わりなんですけれど、
たのしそうに遊びはじまってしまったばかりで、
言うタイミングを逃してしまい、
「この部屋とこの部屋には入らないでね」というのが精一杯。    
 
それでも、クローゼットに忍び込まれたりしたときには、
イライラMAXになってしまって
その日のうちに、娘には、
「おうちでかくれんぼ禁止令」を出しました。
 
そんなこんなで、
おうちあそびって曲者だわ、
と思ってしまうのです。

小学校の担任の先生は超重要。

 
小学校の先生の指導力
 
小学生の春ネタといえば、
だれが担任になるかですが、
長女と長男の担任の先生を
みてきた私の個人的独断ですが、
小学校の担任、超重要です。
 
n=6の担任の先生しか知らないのですが、
その6人だけみても、
振れ幅が大きいというのが
公立小学校の先生の現実です。
 
よくもわるくも、
「個性」といってしまえばそうですが、
先生も人間だもの、
それはいろんな先生がいらっしゃいます。  
 
勝手に評価させていただきますと、
長女1年生の担任のA先生と
長男1年生の担任のB先生 には
絶大な信頼をおいております。
 
できることなら、
また担任なってほしいし、
異動してほしくないと切に望んでいます。  
 
これが、 長女3年生の担任のC先生には、
最初、「学級崩壊するのでは?」
と危機感をいだくほどに心配MAXでした。
 
この不安は杞憂におわり、
無事、先生の2年間にわたる指導力のおかげで
クラスがまとまってきた軌跡(奇跡)を思うと、
この先生の今後の可能性に期待したい。  
 
そして、長男2年生の担任のD先生、
「やさしい」といってしまえば、
やさしさなんだけれど、
やっぱり、そこは厳しさも
あわせもっていてほしい。
 
やさしい(甘い)先生に対して、
こどもも見抜く(みくびる)力が
あるので、真面目に取り組まなくなる。
特に低学年男子。
 
宿題や忘れ物に関して多目に
見てくれるので、
忘れ物してもあまり反省がみられない。
そして、宿題を忘れる。  
 
これが、長女2年生の担任のE先生は、
かなり厳しさをもってこどもに接していたので、
こどもの忘れ物0や
宿題の丁寧さはピカイチでした。
 
甘々のD先生と
厳しくも指導力をもって
接してくれるE先生の
どちらが担任になってほしいか?
といわれれば
こどもにとっては
(親目線でも)その指導力
E先生の方に軍配が上がります。  
 
絶大な信頼をおいている
長女1年生の担任のA先生と
長男1年生の担任のB先生に共通すること。
 
  • ある程度ベテラン
  • 自分の教育理念、信念がしっかり確立されている
  • 保護者に対しても動じずに対応できる
  • こどもに対して裏表がない
  • 感情に波がなく常に安定している
 
といったことでしょうか。  
 
担任のちからはこどもの無限のちからをのばす。  
 
公立小学校の先生は、
本当に振れ幅が大きい。
 
 
小学校に入学し、
家からはなれ生活の大部分を
すごす小学校生活で、
信頼できる先生にであえることは
このうえもなく恵まれたことです。  
 
そして、大事なこと、
親が先生に対して、「?」と思うことがあっても、
こどもの前でけっして、
担任の先生の批判をしない。
 
思うことがあれば、
こどもの前ではなく、
直接学校にいうべきである

小学生高学年女子のクラス替えにみる微妙な人間模様。

 
新学期、春らんまん
 
短かった春休みもおわり、
小学生のこどもたちは、
新学期、クラス替え、
そして新しい担任の先生と
こどもながらも緊張した日々がはじまります。  
 
こどもたちは、「だれと」いっしょの
クラスになるのかが一番、重要。
 
高学年女子となる長女は、
今回のクラス分けでとっても仲良しの
S子ちゃんと別々のクラスになってしまい、
がっくり肩を落としながら帰ってきました。
 
べたべたほどの仲の良さだったので、
親から見れば想定の範囲内ではあるのですが、
今回の長女の学年のクラスわけをみて、
少し考えるところがあります。  
 
事の発端は、年明けに発生した上履き事件。  
 
 
A子ちゃんの上履きが片方なくなり、
後日、下駄箱の下からでてきました。  
 
その後、次々と
B子ちゃんの上履きがなくなり、
C子ちゃんのノートがなくなり、
となんとも怪奇な事件が次々とおこりました。  
 
長女から伝え聞く話では、
年明けに転校してきた女の子が、
クラスの女子の人間関係のバランスに
影響を与えていた模様。  
 
よくある、女子特有のあるあるで
済ませてしまえるという見方もできる一方、
このご時世、いじめにつながりかねない
案件だっただけに、
担任や学年主任を巻き込んで
結構なおおごとになりました。  
 
長女から聞いた話を総合すると、
いわゆる、転校生の女の子をめぐって、
誰が仲良くしたとか、
仲良くなったという嫉妬心からくる
意地悪が拍車がかかってしまったようです。      
 
このことがあって、
長女の人間関係にはアンテナをはって
心配りするように心がけています。
 
だから、今回のクラス分けも
「だれと」いっしょになるのか親も気になっていました。  
 
クラスの上履き事件にからんでいた
A子ちゃん、B子ちゃん、C子ちゃんは
案の定、みんな別々のクラス。  
 
そして、長女は、仲の良いS子ちゃんと
別々のクラスだったばかりでなく、
なんとその事件の中心人物の女の子と
同じクラスになりました。
 
高学年女子の人間関係は複雑でからみやすい。
小学生高学年女子にとって
学校の生活やおともだち関係は人生そのもの。
 
親としては、多少のわだかまりが残りつつも
よりいっそう長女の人間関係に心を配っていこうと思います