ワーママのミカタ

ワーママの見方と味方。ハレてもケでも子育て。

【Netflix】母の日に「アイ・アム・マザー」。

  
Netflixのオリジナル作品
 
Netflixを契約したのは去年の秋。
 
それから、話題作やドキュメンタリー、
オリジナル作品を観るほどにハマる。
話題作の惹きこまれ度、完成度は流石。
 
「全裸監督」の山田孝之氏の
憑依した演技魂にも感嘆したし
シーズン2が楽しみでならない。
(夫と夜ふかしして一気観)
 
それから「凶悪」にも心震えたし、
ピエール瀧氏が共演する作品は
私の中では不動の地位にある。
ストレンジャー・シングス」も一気観した。
そして、Netflixのドキュメンタリーも濃く、
訴えかけるストーリーで、
観終わったあとの軽い放心状態とともに
物語を反芻する。
 
  
アイ・アム・マザー
 
そして、母の日だから
というわけではないけれど、
昨日観た映画が「アイ・アム・マザー」。
人類の大量絶滅後、再増殖施設内でたった一人ドロイドの母親に育てられている少女。だが、彼女の前に別の人間が現れたとき、ずっと信じてきた世界が揺らぎ始める。

 

全人類が滅びた後の世界が舞台。
 
登場する人物はたった3人。
「(ドロイドの)マザー」
「ムスメ」
「第三の女」。
いずれも名前はない。
 
マザーは人工知能の結晶ともいえる
AIロボットのドロイド。
マザーは冷静沈着、
失敗することなく
すべて正しい答えへ導き出す。
 
マザーの使命はただひとつ、
「正しいムスメ(=母親)を作ること」。
 
その使命を果たすために培養された生殖体から
「ムスメ」を育てる。
失敗した「ムスメ」は容赦なく廃棄する。
 
No1のムスメも失敗作とされた。
(これが第三の女だと思われる)。
そして、No2のムスメも
失敗作となり焼却処分され、
No3の「ムスメ」こそが成功作として育った。
 
マザーの無機質な声に込められた
人間的な感情も
それが人間味なのか
埋め込まれた感情なのか
境界線がわからなくなる。
 
人間味をもったロボットなのか、
無機質な母性なのか。
 
そんなドロイドの「マザー」に
育てられたNo3の「ムスメ」。
 
「ムスメ」はマザーの
正解とされる愛と教育と倫理と哲学を
一身に受けてマザーを信頼して育つ。
 
なぜ人類は滅びたのか。
布石として描かれた十字架、聖書、マリア像、
これらから宗教による紛争で
全人類が滅びたことを示唆するものか
想像が膨らむ。
 
他にも所々に散りばめられた布石に
気づいたときストーリーの深さと
多面さに驚く。
 
自分がどの視点(マザーorムスメor第三の女)
ストーリーを追うかで
世界観が固定されてしまう。
 
最後の顛末も、一瞬、「意表」を
突かれてしまう。
 
でも、その意表を紐解くと、
「マザー」の真意がみえてくる。
 
本当の「マザー」とは何なのか、
母性とは、母親とは、
愛と教育と倫理と哲学によって
正解の母親像が作られるのか。
 
であるならばそれに反した母親とは
何なのだろうか。
 
物語では成功作とされるムスメが
正解の母親像として描かれ、
自己中心的で失敗作とされ
不正解とされた第三の女も
また母親に成り損なった母であり、
じゃあその境はなんだったのだろう。
 
いろいろな意味で、母の日におすすめする作品。
 
ちなみにこの作品は夫からのおすすめ作品で、この映画を観れるようにこどもたちを2時間ほど外に連れ出してくれ、母の日のプレゼントだと理解している(正解?)。
 

f:id:wamama-mikata:20200510125809j:plain